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月見亭オソライソ

 旧大日本帝国海軍艦艇の艦内神社分霊元巡礼や、アニメ・ゲームの舞台探訪な活動記録。

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2024.04.25 (Thu)
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【艦内神社巡礼記】【艦これ】榛名は大丈夫です!

DATE : 2015.03.14. -Sat-  /  2015.03.15. -Sun-
TITLE : 艦隊これくしょん - 艦これ -
PLACE : 群馬県
ランドマーク : 榛名神社(高崎市) / 三夜沢赤城神社(前橋市)
特記 : 金剛型3番艦榛名 / 航空母艦赤城



お願い助けーて 羅針盤のー 妖精さーん。
祝! 大和型戦艦2番艦、戦艦武蔵発見!!
終戦70年の節目に相応しいニュースですね。

そういえば60年目には戦艦長門の軍艦旗が出てきたり、2013年末に伊400潜水艦が発見されたのは、アニメ版『蒼き鋼のアルペジオ』放映中で、今回はアニメ版『艦これ』放映中とか、偶然にしては出来すぎじゃのー。

閑話休題

艦内神社分霊元巡礼、関東エリアに進出です。
昨年のうちに東北エリアは回り終わったからね。

榛名・赤城ルートと、那珂・利根・香取ルートと、武蔵・多磨ルートの3択だったんですが、俺提督は榛名とケッコンカッコカリしてることもあり、『関東エリアの最初だし、榛名しかないだろ』ということで決定。
ルート決定とホテルの予約完了後に、戦艦武蔵が発見されてorzとなるんですが、それはまた別のお話。

それでは、さくっといってみよー。

マルサンマルマル時 起床。
身支度を整え、約50分後に自宅出発(主にBSで艦これ10話視聴)。
東北道から北関東自動車道を経由し、9時ちょい過ぎに関越の高崎I/C到着。
そのまま下道を走り続けマルキュウヨンマル時に、榛名神社一之鳥居到着。



ロードバイクの方々が通り過ぎる中、俺提督のテンションは上がりっぱなしで撮影ですヨ。
石柱には、昭和17年建立と彫られていたので、日米開戦1年後ですね。

ここで榛名の基礎知識を。



※上の画像は、20150319現在のウチの榛名

1912年3月16日 起工
1913年12月14日 進水。
1915年4月19日 竣工、横須賀鎮守府入籍。
1915年10月10日 榛名神社より分霊、同月12日鎮座。

1924-1928年 第一次近代化改装。
1931年6月1日 巡洋戦艦から戦艦に艦種変更。
1933-1934年 第二次近代化改装。
1941年12月8日 日本、米国に宣戦布告し太平洋戦争始まる。
1945年 呉鎮守府に移籍。
1945年7月28日 空襲により大破着底。
1945年8月 終戦。
1945年11月20日 除籍。
1946年5月2日 浮揚解体作業着手、同年7月4日解体完了。
※1947年の米軍撮影の航空写真で船体が確認できる為、記録の日付は上部構造の撤去のみと考えられる。
1955年7月 榛名神社に奉還




艦内神社分霊元の榛名神社

創建 586年。
所在地     群馬県高崎市榛名山町849
旧社格 県社。
榛名山の神を祀る神社で、赤城山・妙義山と共に上毛三山のひとつ。
主祭神は火産霊神と埴山姫神。

姉妹艦の霧島と共に、主力艦としては初めて民間の造船所で建造された戦艦です。
開戦から、大破着底していたとはいえ終戦まで生き残ったせいか、人気は高いようですね。

話しを戻して。

10時ちょい前に榛名歴史民族資料館に到着し、駐車場へIN。

 

通りを進むと、鳥居と社号票が遠めにも見えてテンション上がりっぱなし。

ここで忘れてはいけないのが、鳥居前での一礼ね。
神社を、神様の人間界での住居と例えるなら、鳥居は玄関だから。
挨拶はしっかりとね。

   

参道を進んでいくと、まずは三重塔が。



さらに先を進み…

 

天然記念物の矢立杉に到着。
撮影しようにも、フレームに入りきらないほどの巨木でした。



神幸殿を通り過ぎ、神門から双龍門へ。
ここは榛名神社の中でも、有名なポイントですね。

 

そしていよいよ拝殿で参拝。

 

虹梁の龍の彫刻や、御姿岩(画像はありませんが)は見事でした。



御朱印を頂いて資料館へ。
奉納されたと思われる榛名の写真額(艦橋形状から近代化改装後)等が展示してあって一人で(・∀・)ニヤニヤしてたのは秘密だ。


 

そのまま榛名山を経由して赤城へ向かいますが…。
榛名湖を眺めたあと、チョメチョメDの下りもwww
溝落しは気持ち悪いくらい曲がる(謎

途中で昼食の時間になったので、道の駅で昼食&併設の温泉タイム。

ここで次の目的地、赤城の基礎知識。



1920年12月6日 巡洋戦艦赤城として起工
1922年 ワシントン海軍軍縮条約締結により航空母艦へ改造決定
1925年4月22日 航空母艦赤城として進水。
1927年3月25日 竣工。
1935-1938年 近代化改装。三段式飛行甲板から全通式飛行甲板へ
1941年12月8日 日本、米国に宣戦布告し太平洋戦争始まる。
1942年6月5日 ミッドウェイ海戦にて被弾・炎上。
1942年6月6日 第四駆逐隊(嵐・野分・萩風・舞風)により雷撃処分。
1942年9月25日 除籍。



艦内神社分霊元、三夜沢赤城神社

創建 不詳。
所在地 群馬県前橋市三夜沢町114
旧社格 県社。
正式名称は「赤城神社」であるが、他の赤城神社との区別のため「三夜沢赤城神社(みよさわ-)」とも呼ばれる。
主祭神は大己貴命と豊城入彦命。





参道に隣接する車道を走り続け、一之鳥居を通過し…。

 

三夜沢赤城神社到着ー。
左の画像で、鳥居の左側に数名写っていますが、番組収録してたもよう。



そんな中、空気読まずに社号票を撮影してた俺氏。

 

参拝したものの、昼休みで社務所に人影が無かったので、先に周辺の散策開始。



本殿を拝もうと裏手に回ると、思っていた以上に距離があり、「これは撮影ムリかも…」と思うも、脇に階段があったので迷わず進入。

 

近づくにつれ、軍関係を回っていると見慣れてしまうモノが目に入ってきました。
はい、砲弾ですね。
台座に彫られた文章を解読すると、明治37-38年の日露戦争での鹵獲品だそうな。



境内を散策してると、奉賛団体の中に空母赤城会を見つけたり。



神楽殿では、出征記念の奉納額を見たり。



そうこうしてる間に1330時を過ぎていたので社務所へ。
が、相変わらず誰も居ないとかドウイウコト?

俺氏、窓に鍵がかかっていなかったので、おもむろに開き「ごめんくださーい」

無事に御朱印を頂いて離脱。
赤城温泉(混浴)をいろいろな意味で堪能して、渋川のホテルへ行き、本日の活動終了。


翌日、赤城山の大洞赤城神社へ。

 

先に、昭和45年に現在地に遷座するまで鎮座していた『跡地』へ行くも、雪で中に入れないしorz
ここにも空母赤城の碑があるのに…。

 

気を取り直して小鳥ヶ島の神社へ。

 

当初、海軍省から申請があったのはこちらの赤城神社だそうです。
その縁か、赤城乗組員の写真や軍刀が奉納されています。



今年初の長距離遠征、さすがに疲れたわ…。

次こそは武蔵発見記念で埼玉の氷川神社だね。
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2015.03.19 (Thu)
Category[【大日本帝国海軍】]
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