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月見亭オソライソ

 旧大日本帝国海軍艦艇の艦内神社分霊元巡礼や、アニメ・ゲームの舞台探訪な活動記録。

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2026.09.29 (Tue)
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【艦内神社巡礼記】【艦これ】榛名は大丈夫です!

DATE : 2015.03.14. -Sat-  /  2015.03.15. -Sun-
TITLE : 艦隊これくしょん - 艦これ -
PLACE : 群馬県
ランドマーク : 榛名神社(高崎市) / 三夜沢赤城神社(前橋市)
特記 : 金剛型3番艦榛名 / 航空母艦赤城



お願い助けーて 羅針盤のー 妖精さーん。
祝! 大和型戦艦2番艦、戦艦武蔵発見!!
終戦70年の節目に相応しいニュースですね。

そういえば60年目には戦艦長門の軍艦旗が出てきたり、2013年末に伊400潜水艦が発見されたのは、アニメ版『蒼き鋼のアルペジオ』放映中で、今回はアニメ版『艦これ』放映中とか、偶然にしては出来すぎじゃのー。

閑話休題

艦内神社分霊元巡礼、関東エリアに進出です。
昨年のうちに東北エリアは回り終わったからね。

榛名・赤城ルートと、那珂・利根・香取ルートと、武蔵・多磨ルートの3択だったんですが、俺提督は榛名とケッコンカッコカリしてることもあり、『関東エリアの最初だし、榛名しかないだろ』ということで決定。
ルート決定とホテルの予約完了後に、戦艦武蔵が発見されてorzとなるんですが、それはまた別のお話。

それでは、さくっといってみよー。

マルサンマルマル時 起床。
身支度を整え、約50分後に自宅出発(主にBSで艦これ10話視聴)。
東北道から北関東自動車道を経由し、9時ちょい過ぎに関越の高崎I/C到着。
そのまま下道を走り続けマルキュウヨンマル時に、榛名神社一之鳥居到着。



ロードバイクの方々が通り過ぎる中、俺提督のテンションは上がりっぱなしで撮影ですヨ。
石柱には、昭和17年建立と彫られていたので、日米開戦1年後ですね。

ここで榛名の基礎知識を。



※上の画像は、20150319現在のウチの榛名

1912年3月16日 起工。
1913年12月14日 進水。
1915年4月19日 竣工、横須賀鎮守府入籍。
1915年10月10日 榛名神社より分霊、同月12日鎮座。

1924-1928年 第一次近代化改装。
1931年6月1日 巡洋戦艦から戦艦に艦種変更。
1933-1934年 第二次近代化改装。
1941年12月8日 日本、米国に宣戦布告し太平洋戦争始まる。
1945年 呉鎮守府に移籍。
1945年7月28日 空襲により大破着底。
1945年8月 終戦。
1945年11月20日 除籍。
1946年5月2日 浮揚解体作業着手、同年7月4日解体完了。
※1947年の米軍撮影の航空写真で船体が確認できる為、記録の日付は上部構造の撤去のみと考えられる。
1955年7月 榛名神社に奉還
。



艦内神社分霊元の榛名神社

創建 586年。
所在地     群馬県高崎市榛名山町849
旧社格 県社。
榛名山の神を祀る神社で、赤城山・妙義山と共に上毛三山のひとつ。
主祭神は火産霊神と埴山姫神。

姉妹艦の霧島と共に、主力艦としては初めて民間の造船所で建造された戦艦です。
開戦から、大破着底していたとはいえ終戦まで生き残ったせいか、人気は高いようですね。

話しを戻して。

10時ちょい前に榛名歴史民族資料館に到着し、駐車場へIN。

 

通りを進むと、鳥居と社号票が遠めにも見えてテンション上がりっぱなし。

ここで忘れてはいけないのが、鳥居前での一礼ね。
神社を、神様の人間界での住居と例えるなら、鳥居は玄関だから。
挨拶はしっかりとね。

   

参道を進んでいくと、まずは三重塔が。



さらに先を進み…

 

天然記念物の矢立杉に到着。
撮影しようにも、フレームに入りきらないほどの巨木でした。



神幸殿を通り過ぎ、神門から双龍門へ。
ここは榛名神社の中でも、有名なポイントですね。

 

そしていよいよ拝殿で参拝。

 

虹梁の龍の彫刻や、御姿岩(画像はありませんが)は見事でした。



御朱印を頂いて資料館へ。
奉納されたと思われる榛名の写真額(艦橋形状から近代化改装後)等が展示してあって一人で(・∀・)ニヤニヤしてたのは秘密だ。


 

そのまま榛名山を経由して赤城へ向かいますが…。
榛名湖を眺めたあと、チョメチョメDの下りもwww
溝落しは気持ち悪いくらい曲がる(謎

途中で昼食の時間になったので、道の駅で昼食&併設の温泉タイム。

ここで次の目的地、赤城の基礎知識。



1920年12月6日 巡洋戦艦赤城として起工。
1922年 ワシントン海軍軍縮条約締結により航空母艦へ改造決定。
1925年4月22日 航空母艦赤城として進水。
1927年3月25日 竣工。
1935-1938年 近代化改装。三段式飛行甲板から全通式飛行甲板へ。
1941年12月8日 日本、米国に宣戦布告し太平洋戦争始まる。
1942年6月5日 ミッドウェイ海戦にて被弾・炎上。
1942年6月6日 第四駆逐隊(嵐・野分・萩風・舞風)により雷撃処分。
1942年9月25日 除籍。



艦内神社分霊元、三夜沢赤城神社

創建 不詳。
所在地 群馬県前橋市三夜沢町114
旧社格 県社。
正式名称は「赤城神社」であるが、他の赤城神社との区別のため「三夜沢赤城神社(みよさわ-)」とも呼ばれる。
主祭神は大己貴命と豊城入彦命。





参道に隣接する車道を走り続け、一之鳥居を通過し…。

 

三夜沢赤城神社到着ー。
左の画像で、鳥居の左側に数名写っていますが、番組収録してたもよう。



そんな中、空気読まずに社号票を撮影してた俺氏。

 

参拝したものの、昼休みで社務所に人影が無かったので、先に周辺の散策開始。



本殿を拝もうと裏手に回ると、思っていた以上に距離があり、「これは撮影ムリかも…」と思うも、脇に階段があったので迷わず進入。

 

近づくにつれ、軍関係を回っていると見慣れてしまうモノが目に入ってきました。
はい、砲弾ですね。
台座に彫られた文章を解読すると、明治37-38年の日露戦争での鹵獲品だそうな。



境内を散策してると、奉賛団体の中に空母赤城会を見つけたり。



神楽殿では、出征記念の奉納額を見たり。



そうこうしてる間に1330時を過ぎていたので社務所へ。
が、相変わらず誰も居ないとかドウイウコト?

俺氏、窓に鍵がかかっていなかったので、おもむろに開き「ごめんくださーい」

無事に御朱印を頂いて離脱。
赤城温泉(混浴)をいろいろな意味で堪能して、渋川のホテルへ行き、本日の活動終了。


翌日、赤城山の大洞赤城神社へ。

 

先に、昭和45年に現在地に遷座するまで鎮座していた『跡地』へ行くも、雪で中に入れないしorz
ここにも空母赤城の碑があるのに…。

 

気を取り直して小鳥ヶ島の神社へ。

 

当初、海軍省から申請があったのはこちらの赤城神社だそうです。
その縁か、赤城乗組員の写真や軍刀が奉納されています。



今年初の長距離遠征、さすがに疲れたわ…。

次こそは武蔵発見記念で埼玉の氷川神社だね。
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2015.03.19 (Thu)
Category[【大日本帝国海軍】]
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